表現より手前にあるもの
色や書体、素材を揃えれば、見た目の一貫性は生まれる。しかし、それだけでは媒体が変わったときに軸が失われる。グラフィックから空間へ、プロダクトから映像へ移っても残るものは、スタイルではなく観察の仕方だ。
問いが形式を選ぶ
内と外の関係を身体で感じてほしいなら、建築が適しているかもしれない。読めそうで読めない瞬間をつくりたいなら、グラフィックが適しているかもしれない。媒体を起点にせず、現象から形式を選ぶ。
その選択が積み重なると、他者はそこに一つの世界観を見つける。けれど作り手が育てているのは、見た目ではなく問いの精度である。
自分の作品に共通する色ではなく、共通する疑いは何だろう。
